
秋葉原から大阪へ。あっとほぉーむカフェのお屋敷(店舗)は、それぞれの場所に新たな魅力を加えながら広がってきました。第2回では、大阪進出や大型店舗/AKIBA カルチャーズ ZONE店オープン、パンデミックなど、そこで生まれた挑戦や見えたことなどを振り返って語ります。
エントランスリニューアルについて語ろう!
カチューシャと大きなリボンをモチーフに、あっとほぉーむカフェの世界観を表現したエントランス。オーナーとの交渉を重ね、大規模なリニューアルを実現しました。
hitomi: 昔から、いつかカチューシャみたいなゲートのあるお店を作りたいって話してましたよね。
深沢: そうだね。雑居ビルに入っていく感じを変えたいなっていうのがずっとあって。何かそこにも世界観を作りたいというか。
hitomi: オーナーさんの許可を取るのが大変だったんじゃなかったでしたっけ?
深沢: いや、一番のハードルは1階に別なテナントさんがいることだったな。オーナーさんもそこを気にしてた。担当の方と何度も打ち合わせをして、なんとか形になったけど。オーナーさんは、ご商売がより上手くいくようになるなら、って好意的だった。本当ありがたかったなぁ。
hitomi: カチューシャ作るのに工場一緒に行きましたよね?覚えてます? カチューシャとリボンを作る工場。
お屋敷へ入る前からワクワクを感じられるよう、細部まで世界観にこだわったエントランス。壁には、人気メイドの写真が飾られています。
深沢: 覚えてる覚えてる。大きいコーヒーカップや遊園地にある大きいお馬さんとかを作る専門の工場。1階のエントランスの煉瓦とかもそうだよね。
hitomi: そういえば! あのリボン右側にしたのなんでか覚えてます?
深沢: え…
hitomi: えーー!! ちょっとーーー!! hitomiのカチューシャのリボンと同じ位置です!!!
深沢: 嘘です。覚えてます(笑)
hitomi: あれ作った時、メニューも外で見える化したり、エントランスもあっとほぉーむカフェの世界観に改装しましたよね。秋葉原降りてからずっとワクワクしてお屋敷まで入れるのっていいなって思った。
今では国内外から訪れる人々のフォトスポットとして親しまれているエントランス。秋葉原を象徴するランドマークのひとつになっています。
深沢: いい形になったよね。中々ないし。今やカチューシャのゲート、フォトスポットになってるもんね。あれちょっとビックリ。逆に当時から記念撮影する人もいたけど、今ほどじゃなかったよね。
hitomi: 本当ですよね。今すっごいSNSで流れてきますよ。
深沢: 外国の方、記念撮影しているの見るし、女子中高生も撮影してるし。
hitomi: わかる! 私がメイドじゃなくて観光で来てたら、秋葉原駅の電気街口のところとあそこで撮りたいもん。
深沢: ある種、秋葉原に行ったらあそこで撮りたいみたいなひとつに加わってるのかもね。 長くやってきて、なじんで、ようやくランドマークになれたのかも。
hitomi: 嬉しいですね♡
大阪進出について語ろう!
02
「アキバに恩返しを」という想いから始まった大阪進出。2019年、秋葉原以外では初となる大阪本店がオープンしました。
hitomi: 大阪進出の時、めっちゃ覚えてるの私「プロフェッショナル」のOAだったんですよ。なんかすごい乗ってた時だった!!
深沢: そりゃぁテンション上がるよね(笑)
深沢: (話戻って)大阪、出すつもりなかったじゃん。代表になったときに、オーナーから方針を決めたほうがいいって言われて。ファミレスみたいにどこにでもあるものを目指すのか、「ここにしかないもの」を目指すのか。
で、10周年で久しぶりに立ち上げのときのプロデューサーとも再開して、創業当時のいろんな話を聞くうちに、アキバへのこだわりや感謝みたいな想いにも触れて。俺も、アキバに恩返しをする! って思いで、ここにしかないものを作ろうって決めたんだよね。
でも、スペシャといっしょになった後、「大阪とか名古屋とかには出すつもりないの?」って改めて聞かれたとき、なんかうまく説明できなくて。感情論じゃなく合理的に説明しようとしたときに、「アキバだけでやるのがあっとほぉーむカフェにとって一番いいのか」とか「実際にアキバにどれだけすごいものを作ろうと思ってるのか」とか、話せなかった。むしろ、何万円もかけてアキバに来てもらうより、こっちから近づいていったほうがファンも喜ぶんじゃないか、って。考えを変えてみようって思えたんだよね。
秋葉原で育まれたあっとほぉーむカフェの世界観を受け継ぎ、関西での新たな“ご帰宅”の場所となりました。
hitomi: 個人的にはいろんなところにあっとほぉーむカフェがあるのはいいと思いますね。いろんなところにあるから秋葉原の本店が聖地巡礼化されたりするんじゃないかと。
深沢: しかもhitomiがよく言ってる「メイドを職業にする」って言うのを考えると尚更だよね。職業にするんだったら、いろんなところにないと。
hitomi: そうですよね!! これからも、いろんなところに作らないと(笑)!!
深沢: 秋葉原のあっとほぉーむカフェに地方から来てくれているのは大阪が一番多かったんだよね。 で、大阪だったら日本橋でしょ!って感じで進出決めました。
深沢: 会社説明会したよね。メイドカフェはいくつもあるけど、あっとは初だし。ちゃんとしてるんだって、安心してほしかった。きれいなホール借りてさ。300人くらい来てもらえたよね。
多くの応募者が集まった合同面接を経て、無事にオープンを迎えた大阪本店。秋葉原で大切にしてきた世界観やお給仕のスタイルが、関西にも受け継がれました。
hitomi: あれが一番最初でしたね。深沢さんと私でいろいろ説明して。集団面接、私が面接するの初めてでした。なんかアイドルのオーディション会場みたいだったな〜。
深沢: 親御さんと一緒に参加してくれる人とかもいて、なんか新鮮だったよね。 こんなに離れた大阪で、こんなにたくさんの人たちがあっとほぉーむカフェのメイドになりたいって思って来てくれているんだっていうのが、嬉しかったよね。
hitomi: そうですよね。大阪でも東京と同じように盛り上がるんだなと思って感動しました。
深沢: そして無事オープンするわけですが。 大阪独自のメニューをやる話とか。あえて秋葉原のスタンダードで行くのかとか話し合ったよね。
hitomi: ありましたね!
大阪独自の路線ではなく、秋葉原で育まれた世界観をそのまま届けることを選んだ大阪本店。
深沢: 結果、あのときは、あえて大阪に合わせずに秋葉原をそのまま持っていくっていうことで落ち着いたよね。
hitomi: 覚えてます!!
深沢: 当時どう受け入れられるのか全然わからなくて。たこ焼きとかお好み焼きとか入れるべき? とかあったけど、中途半端にやるのは失礼な感じもしたし、逆に東京のままやったら偉そうに! とか言われちゃうのかなとか(笑)でも、事実としてはっきりしてるのは、メイドカフェもあっとほぉーむカフェも秋葉原で生まれたわけだから、だったら自信持ってそのまま持っていこう! って、最終的にはそう落ち着いたんだよね。
hitomi: 私はメイドやってて、大阪から会いに来てくれる人も、メイドのテンションも知ってたから、「あっとほぉーむカフェが大阪に来た!」の方がいいと思ってましたよ。
深沢: ほんとかよ! 言ってよ!! (笑)
コロナ禍(世界的パンデミック)の時を振り返って、語ろう。
感染症対策として、客席ごとにアクリルパネルを設置して営業していた当時のお屋敷。
深沢: 自分で言うのもあれだけどさ、多分あのときってめちゃくちゃノリに乗ってたんだよ。大阪のオープンも、1階つくって半年後に2階オープンさせたけど、実際は最初から2階もやるつもりで物件借りてたわけだし。万が一を考えてのことだったけど、たぶん同時にやっても上手くいってた。そのくらい勢いあったし。
でもわかんないのがさ、もしコロナがあと半年早く来てたとしたら、同時にやってたらたぶん痛い目見てたと思うんだよな。用心するの大事だなって、いま改めて思った。 でもあんなことが本当に起こるんだなってくらい、すごかったよな、コロナ。
hitomi: 本当ですよね。あの頃はネガティブなニュースばかりだったし、しかもあっとほぉーむカフェがあんなに閉めるなんて考えられなかった。
深沢: いまでこそ元旦休んでるけど、当時は年中無休が当たり前だったしね。
hitomi: 人との交流避けてくださいとか、あっとほぉーむカフェってそういうちょっとしたエンターテインメントとかご主人様・お嬢様との交流がお給仕の基本なのにって思ったら、本当にどうしたらいいかわからなかったですね…。
深沢: 最初の騒がれ始めの頃よりも、外出自粛要請とかインパクトが強すぎて…。飲食店も全部営業できませんとか。
hitomi: 本当に不安でした。終わりが見えなかったし。
深沢: 本当に初期の頃は少し楽観的に考えてたんだけど、日に日に状況が悪くなっていって、ロックダウンしたりワクチンとか、ありえない勢いで世界中を巻き込んでいったから、これは本当にどうしようって思ったな。とにかくやれること全部やった。
深沢: マスクするのもかなりの決断だったよね。
hitomi: あっとほぉーむカフェは、もともとマスクとか眼帯とか禁止してましたからね。
深沢: コロナ以前の価値観で行ったら、マスクつけて接客するというのはあり得なかったよね。風邪ひいてるのに接客するとか、逆に印象悪いでしょって感じ。
hitomi: 本当ですよね。
深沢: 本当にさ、俺はとにかく一刻も早く営業できるように奔走してたな…。 体温計にマスクにアクリルパネルの手配。
hitomi: マスク手に入らなかったですよね。高かったし。
深沢: そうなんだよ! 体温計もマスクもこんなに高いの!? って感じだった。 アルコールも手に入らなかった。
hitomi: 手指を消毒するものを作っていましたよね。次亜塩素酸でしたっけ?
コロナ禍を乗り越え、再び多くのご主人様・お嬢様を迎えるお屋敷。
深沢: 作った! アルコールが手に入らなくて当時次亜塩素酸が効くって聞いて毎日作ってたよね。ハイター水で薄めて。殺菌消毒で営業後に次亜塩素酸をまいて帰ったりしてた。
hitomi: 色々やってましたよね。
深沢: 換気扇も増やしたし。それで千代田区の第一号認証(正しくは「千代田区新しい日常店」ClassⅡ認証 第1号 千代田区内の飲食店として、保健所による実地調査を受け、より高度な感染予防対策が認められた店舗)を取ったんだよね。 区長から第一号認証を受け取りに一緒に行ったよね。千代田区の保健所と連携もするのも早かったし。
hitomi: 行きましたよね。でもそういう時に早く動いたってすごいことですよね。あの時ってやっぱりみんなネガティブになっちゃって中々動けない感じだったけど、そこを率先して動いた深沢さんすごいですよね。
深沢: とにかくやれることは先回りして全部やって何とかしなきゃって気持ちだったんだよね。だってさ、あっとほぉーむカフェだけじゃなくて、ライブもできない、ショップも閉まってる、ブロマイド撮影もできないってなって、あの当時のコンテンツ全部止まっちゃったじゃん。だからニコ生が生まれたわけだけど。
hitomi: そうですよね。ニコ生が無かったら本当に「何したらいいの?」ってなってた。 トークルームも生まれましたよね。でも早くカフェをオープンしたかったな。
深沢: そうだよね。だから再開して、常連さんが戻ってきてくれた時はめちゃくちゃ嬉しかったよね。
hitomi: 本当に! いつも常連さんたちに支えられてますよね。 再開した時の常連さんとメイドの表情、、、すごく嬉しそうだった。純粋に「待ってた」って感じが溢れてましたね。
深沢: 2か月ぐらい休んでてさ、復活お給仕の時のこと覚えてる?マスクしてお給仕してみてどうだった?
hitomi: やっぱりお給仕してて表情ってめっちゃ大事で。それが隠れちゃうことで、どうやって楽しさを伝えたら良いんだろうって。一生懸命考えて色々と工夫しましたけど、それでもいままでと同じ価値を感じてもらえるのかなって。チェキ撮るのも、喜んではもらえたけど、心のなかでは同じ値段で良いのかなって。心苦しかったですね。
深沢: ご主人様・お嬢様の反応は実際どんな感じだったの?
hitomi: ご主人様・お嬢様のほうが受け入れてくれるの早かったですよ。それよりも、会えたりチェキ撮影することでコミュニケーションが取れるの嬉しいみたいな。あと当時意識してたのは、表情が見えないからとにかく身振り手振りを大きくしてましたね。声もマスクしてるからいつも以上に大きくしないと通らなかったりとか。マスクしてるのに声が枯れちゃうこと多かったですね。
マスク越しでも変わらない笑顔で、ご主人様・お嬢様をお迎えしました。
hitomi: お給仕に出れなかった間、一番辛かったのは笑顔をチャージするところが無かったことなんですよね。マスクをしてる間も、やっぱり心にどこか引っかかるところがあって。だから、当たり前にあったそれまでの日常がとても尊くなって、あっとへの愛が深まった感じがします。
深沢: 今振り返ると長かったよね。
がんばって乗り越えてきて思うのは、未曾有の危機がありえるってことを覚えておかないといけないってこと。日常を取り戻すために、みんなで一丸となって頑張ったじゃん。だからこそ乗り越えられたし、今後も教訓として覚えておかないといけないと思ってる。
hitomi: 教訓ですね。でも本当に、深沢さんが先頭に立ってやってくれてたのが私たちにとってはすごい安心というか心強かったです。
深沢: AIもなかったし、ネットとテレビで情報を仕入れてやってたんだよね。変なニュースも沢山流れていたから惑わされないように、お客さんに安心してもらうためにニュースソースを載せたりして。厚生労働省のサイトのリンク貼ったりとかしてたな。
hitomi: メイドも不安になってたと思うから、本当に心強かったです。
AKIBAカルチャーズ ZONE店オープンについて語ろう!
04
コロナ禍に、過去最大規模のお屋敷としてオープンした「AKIBAカルチャーズZONE店」。
深沢: アキカルオープン懐かしいなぁ。出店決まったとき、生配信したよね。
hitomi: 屋上から撮影して、皆さんにご紹介しましたよね。新店舗、ミツワと見せかけて〜・こっちでーす!! みたいな(笑)
深沢: コロナで結構大変な時に最大級のお店を出すってちぐはぐな感じするんだけど、でもちゃんと対策をしたおかげというのもあって、ファンの戻りが早かったからかな。 ミツワもドンキもすごい混雑してたし。
hitomi: 確かに! 常連さん戻ってきてくれるの早かったですね。
深沢: でもアキカルは150坪以上あってミツワの5店舗分より広いわけだから、使いこなせるのか? っていうのが最初はあった。だけどまだコロナの影響がのこってたから、思い切って席数を増やすことで密集具合を解消できればっていう背景もあったんだよね。階段もすごく並んでいたし、店内もすごい混んでて。密な状態は少しでも緩和したいって。チャレンジだったけどやってよかったな。
大型LEDモニターと広々としたステージが魅力のR店。
hitomi: すごいできる限りの対策をずっとしてたから、フロアの中には不安がっている人はほとんどいなかったですよ。
深沢: コロナの影響が残る中でのオープンだったけど、当時のやりたいことはすべてやった店舗って感じだったんだよね。
hitomi: 私、大阪オープンしたときに、LEDめちゃ羨ましかったんですよ。 アキカルはそれを上回るLEDと、大きいステージが嬉しかった! どう使いこなそう?とか夢が膨らんでワクワクが止まらない店舗だった。
L店の(当時では)攻めた店内も結構好きだったんですよね。今までと違う色合いができたのも印象に残ってますね。
深沢: コロナで制限された中だったからこそ、お客さんにもメイドにも妖精にも明るい話題を提供しようという気持ちで必死だったんだよね。
ピンク×ビタミンカラーのポップな内装が魅力のL店。
hitomi: そうですよね! エレベーターで5階に降りたときに「わぁーーー!」ってなりました。宮殿!? みたいな、おおげさかもだけどすごい感動したの覚えてる。
深沢: 今度店舗作るとしたら、絶対に今までの店舗よりも凄いものにしないといけないっていう気持ちがあったんだよね。明るい話題を届けたかったから。
hitomi: 届けられたと思いますね。それは本当に。
深沢: 店舗を2つに割ったのは運営のしやすさが一番の理由だったけど、やってみて良かったことは結構あったね。キッチンを共有できるとか、イベントと通常営業を同時にできるとか。コラボとSP(スペシャルイベント)を一緒にできるのは大きくて。いろんなプラスがありました。
hitomi: すごい画期的ですよね!
深沢: でも、レジ2個買わなきゃいけないとか、音響も2倍、社内システム2倍、経費も2倍近くになるからね(笑)
激動期を振り返ってみて…
さまざまな挑戦を振り返る代表取締役社長の深沢孝樹。
深沢: この期間を振り返ってみてどう?
hitomi: 今に繋がる芯になる活動が形成された時期かもしれないですね。
ピンチに直面して本当の大切さとか改めて感じられたし。今までは目の前にあるものと戦うって感じだったけど、この時期は改めて原点に帰った時期だったなと思いますね。日常から離れることによっての出てくる「コレコレ感」実感できたの良かったなって思います。
深沢: コレコレ感(笑)
なんかエピソードを進めていくとやっぱりコロナのあたりから結構仲間の顔が思い浮かぶんだよね。色んな事を色んな人とやったなっていう。大阪進出も当たり前だけど僕一人じゃできないし。大きなことをやろうとしたりとか大きな危機が訪れた時って、みんなで協力しないとできないんだよね。それがすごく印象として強いかな。
コロナの対策も最終的には、僕が決断するんだけど、そこまでには色んな人に聞いて、見てもらって、色んな意見がちゃんと入ってるんだよね。アキカルのオープンもそうで。やっぱり大きなことをやろうとしたり、大きな危機があるとみんなと乗り越えてきた感じがあるから…仲間って大事だよね…(しみじみ)
受け継がれていく想いについて語るレジェンドメイドのhitomi。
hitomi: わかります!! 大阪の時、ベテランの2人が行っちゃうってなっちゃったとき最初は「え! 行っちゃうの!?」って感じだったけど、最後の方は「あの人たちならやってくれる!」という安心感で送り出せました。
深沢: ね。そうだよね。hitomiがさっき言ってた「戦い」でいうと、なんかね昔はhitomiと佐藤君(執行役員 兼 運営部長)しか味方がいなかったと思うんだけど、そこに新しい色んな仲間も加わって、分野ごとに専門性が違う仲間が加わって、それこそひよさん(現店舗の統括部長)も出てくるわけだしね。頼りになる仲間が増えてきた感じがする。
hitomi: 確かに。仲間増えましたね。本当に増えたと思う。
深沢: それでこれから20周年に繋がって、、、世代交代になっていくわけだよね。
〜第3回へ続く〜

深沢 孝樹
インフィニア株式会社 代表取締役社長
1983年福島県いわき市生まれ。
2006年に「あっとほぉーむカフェ」(現インフィニア株式会社運営)の総務として入社。
以降、店長やイベント企画、タレントマネージャーなどの現場経験の後、あっとほぉーむカフェ事業部長などを経て、2012年に代表取締役に就任。 秋葉原であっとほぉーむカフェを約20年間運営し、メイドカフェをエンターテインメントビジネスとして確立した。 現在は秋葉原、大阪、名古屋にて700名のメイドが勤務する13店舗を経営。 現在の安心・安全・健全なメイドカフェの礎となる世界観やシステムを多数企画し、メイドカフェを観光地化させ、クールジャパンの文化に寄与。 NPO法人 秋葉原観光振興協会理事。

hitomi
あっとほぉーむカフェ レジェンドメイド(メイド歴22年)
インフィニア株式会社 チーフブランディングオフィサー
現在もレジェンドメイドとしてあっとほぉーむカフェで活躍する一方で、後進メイドの育成やメイドカフェカルチャーの普及に尽力。
海外のイベントなどにも精力的に参加(LA、台湾、オーストラリア、中国、タイ、シンガポールなど)しながら、 秋葉原観光親善大使として秋葉原の地域活性、魅力・文化発信にも尽力している。
著書に「たった7坪のテーマパーク」(KADOKAWA/2017年)や「叶えたい夢の見つけ方」。(春陽堂書店/2020年)